種をまこう!

「金融は、とうとうシステムとして崩壊した」と友人が言った。とにかく、おかしなシステムだった。何の価値もなく、リアリティもない。次はリアリティのあるものを土台にしようじゃないか。それは種だ!と私は思う。エコは古いコンセプトで時代遅れ。サステナビリティでは、もはや十分ではない。私たちは毎日建て直し、置き換える必要がある。種を貯蔵しておき、蒔いて、耕す。自然の資本主義に帰ろう。この宇宙で、いのちと共同体でいるために。

5年で私たちの過ちを正そう

私たちは、子どもたちのための新鮮な水を、すでにすべて飲み尽くし、良質の種を食べ尽くした。金本位制には幾分リアリティがあったが、アメリカ政府の思惑で捨て去られ、次にすばやく台頭してきたのは、私たちの暮らしに直に降りかかるその活動、ひどいインフレやバブル経済に何の責任も持たないLLCだった。※Limited Liability Company:有限責任会社

すべてを正すには、次の5年が勝負だ。そうでなければ手遅れになるだろう。世界のシステムは今、目の前で焦げついている。核システムは崩壊し、私たちのDNA、食糧、水、土、そして空気を破壊している。火の鳥は私たちを救うために灰から蘇るだろうか?
植物はもう800万年以上も地球に生息しているのだからたぶん大丈夫だ。もっと強くなり、生き延びるだろう。消えていくのは人間だ。地球は人間を必要としていない。わずか100年あまりの間に、800万年も続いてきた植物・昆虫・気候のバランスを壊してきた。私たちはこの星の生き方をまったくサポートしてこなかった。お金のような虚像のシステムを作り上げることに集中してきた。お金が悪いのではない。お金のシステムの使い方を間違えたのだ。

私たちには、自分が地球に存在する本当の理由をまだわかっていない。私たちは他の生物の仕事に、自分たちのやり方を押しつけることに時間とエネルギーを費やしてきた。食糧のことは専門家である植物に任せ、テクノロジーは自然に、哲学は明らかに山に任せるべきだ。人間は災害を作り出せるが、その後、きれいにするテクノロジーを持っていない。しかし、植物は持っているのだ!植物は生き残り、より強くなっていくだろう。人間はどうだろう?富のシステムは?

ライフシステムをリアルなものに

ずっと地球と一緒に生きてきた山々がある。森たちは一晩中ささやき、一日中、山のそよ風とともに踊っている。巨大な山は早朝や大雨のあと、霧をゆっくりと吐き出す。巨大な山々にさえ、多すぎる水は必要ないのだ。

もし、人がじっと長い時間座っていられたら、山が動くのを見ることができるだろう。ゆったりと耳を澄ませば、山が泣いているのさえ聞こえるだろう。野生のオオカミはその声をはっきりと聞くので、それに応えて遠吠えをする。それは数万年もの間続く会話で、いまだに終わっていない。明るい満月は、あなたや私が想像するより長い間続いているサイクルの中で、一緒に歌を歌ってきた。

私の住む高知の山奥に、すばらしく素敵で頑丈な木造の家が、これらの山のすそ野に建っている。石に支えられ、激しい嵐に洗われながら、平和に暮らしてきた。外に向かって開いている側にガラスは入っておらず、木でできた雨戸があるだけだ。山はこのオープンなスペースに息を吹き込み、家の内側のすべての生き物を元気づける。

私はいつも雨戸を開けたまま、ここで寝ている。今まで、寝ている間に虫やネズミや小動物のことで問題を感じたことはない。もちろん、畳で寝ている聞にそれらは入ってきて、ふわふわの布団の中に気持ちよく横たわったりしているのだろうけれど。

40年前まで、この村は山焼きを行っていた。そして木が再び成長する問、30年という実験的なサイクルで種・豆・山芋や根菜類・麦の成長状況を観察してきた。30年経つと木々は高くなりすぎるので、若い木や低木は切って焼かれ、また振り出しに戻るのだった。

この村は、一番近い村落から歩いて5時間ほどかかる。15年前に道ができるまで、村の人たちはめったにそのあたりから出なかった。石段を15分ほど歩いて下りると、一番近い急な流れの川に出る。そこが村の境界線になっている。テラス式庭園と小さな畑が急な勾配の山腹に模様を作っている。私は家と一緒に、昔からの庭を譲り受けた。村のおばあさんの庭では、次の年に植える種ができる。おばあさんの人生、80年か90年の間、毎年植えられてきた種。ジャガイモ、キュウリ、小麦、大豆、ラディッシュ、タイポテト、サツマイモ、キャベツやいろいろな種類の豆もある。これらの何百年も続く食用植物の貴重なDNAは、周りの山々と同じように強くたくましい。

この村の人々は生活に必要なものはすべて自分の手で作る。道具、服、食べ物。水は山からとれる。竹林からは炭が作れる。昔、3〜4人が村から愛媛県内に商品を運び出し、塩や油に換え、村に戻ってきて、それらをその年の分け前として村人の間で分けたものだった。

私は何百年も前に戻るべきだと言っているのではない。しかし、今一度、私たちの生活の中で何がリアルで、何がリアルでないか、考える必要がある。そして、ライフシステムをリアルなものの上に築こうではないか。

村の神社は建立から800年経ち、その神社の脇にある巨大な杉の木は、樹齢ほぼ1千年だろう。どっしりと広がった杉の木々は、毎朝山の霧の中から私に微笑みかける。明るい空とは対照的に、暗い光を放つ。周りの山々はこの杉の木に向かっておじぎをし、その木のてっぺんは天にまで届く。常に渦を巻いて動いている山の霧の中では、方向を失う。

この村の人々は家に鍵をかけない。しかし、どの家にもしっかりと鍵をかけられた地下倉庫がある。いったい何が入っているのだろうか?お金ではない。彼らは決してお金を使わない。彼らは一年中、自分たちの食べ物を育てている。乾燥させ、冬のために漬けておく。小麦や大豆を使って醤油や納豆や豆腐やみそを作る。種を乾燥させ、次の年の食べ物のために貯蔵しておく、そして家の下にある鍵のかかる倉庫に種を入れておく。本当の富。本当の食べ物。本当の人々。

すべての生き物に合う“自然資本主義”

この100年間に世界の食糧のDNAの75%が永遠に失われた。私たち人間がGMO(遺伝子組み換え作物)の大元であるF1種を作り出したせいだ。F1※種は次の年の種を作らないので、農家は次の年にまた種を買わなければならない。そしてその値段は年々上がっている。人間は自然を侵略し、偽物で貧相な代替品を再生するまでに至っている。ただお金を集めるだけのために。

※バイオテクノロジーを駆使して品種改良された種のこと。現在、スーパーに並ぷ野菜のほとんどはF1種。

山のおばあさんたちから受け継いだ在来種は、より強くて、おいしくて、丈夫で安全で、明らかに安い。この種は生き残るのに薬もいらないし、丈夫に育つので合成化学肥料もいらない。それらは生き残るために、地球が提供してくれている自然エネルギーとサイクルを利用している。おばあさんは、すべてがちゃんと育つので、種の生育を心配していない。

「私たちに十分なだけある」とガンジーは言った。しかし、貧欲さを満たそうとするなら足りない。人口の急激な増加はサステナブルでないし、自然ではない。自然の成長率が自然なのだ。もしスピードアップし、計画してF1種化を進めたら、種は弱くおいしくなくなるだろう。栄養もない。

人間が自らの貧欲さを満たすために、より大きくよりよいスパイラルをめざしていっても、最後にいつもそのシステムは崩壊する。成長には道理にかなった自然の生物学的な限界がある。これらの限界は、宇宙の理にかなっているから存在するのだ。私たちはミツバチが受粉するように、一生懸命、宇宙のサイクルにかなうか自然の資本主義を必要としている。人間だけでなく、生き物すべてにかなうもの。人間は生命の、そしてこの宇宙の一部にすぎない。自然の資本主義は、すべての生き物に合うものでなければならない。

何世紀も続いた古い種のもとを、もう一度植えて育てよう。村で作られたサツマイモチップスと味噌とはちみつを売ろう。ここ最近の何十年かに出てきた甘味でなく、ひいおばあさんの頃からの本当の食べ物の味。それらを売ったお金は、次の世代のためのシードバンクを確保するためのお金となる。そのお金は村人のポケットマネーにも、木造の家をリフォームするお金にもなる。完全なエコロジーサポートシステムだ。千年近くも培われてきた営みから出てきた経済を持つ新しい世代。これが、現在の金融システムが必要としているものではないだろうか?

私たちの村の種のDNAのいくつかは400年も続いている。自然のDNAバンクだ。高知県には日本のすべての植物の65%がある。しかし、ただ種を保存するだけではほとんど意味がない。私の住む村はミツバチと日本の野生ハーブのDNAの宝庫だ。そして、かつてミルクや肉を取りチーズやヨーグルトを作るために飼われていたヤギを再導入するのに完壁な場所だ。それに加えて、種に肥料をやり、バランスのよい本当のはちみつを作ったりするのに必要なニホンミツバチがいる。本当のはちみつ、野菜、そしてヤギ。完璧なフードエコロジー。

仁淀川は日本で最もきれいな川だ。健康で長生きするために、これ以上何が必要なのだろう?これがSeeds of Lifeだ。未来の種。子どもたちは種。詩は種。キスは種。贈り物は種。この50年以上、金融システムを壊してきた現在の、お金がなければ生きられない態度とは、まったく違う人間と人生経験なのだ。

内なる自然の叡智から自分を見る

土地も自分たちの食べ物を育てる方法も、本当の水も、本当の光や新鮮な空気も得がたい都会の人たち。薪火の本当の暖かさや、森の葉っぱの上に降る早朝の雨の匂いを感じることはめったにない。東京では多くの人が日没を見たことがない。彼らが狭量で変な大人になっても、何の不思議もない。自己中心的で防衛的。隣に住んでいる老女に「こんにちは」と挨拶することもなく、彼女の名前も知らない。お金が心と人生の中で、一番価値あるものになっている。そして、十分と感じることは決してない。僕の村のご婦人たちは、いつも僕の家の玄関に野菜を置いていってくれる。もし都会でこんなことがあったら、それらは食べられずにすぐに捨てられるだろう。人を信用できないからだ。

自然はサステナブルだが、人間は違う。人口過剰、過剰な食糧の収穫、耕作しすぎること、開発しすぎること、考えすぎること、生産しすぎること、過剰な・・・成長。

自分たちを、もう一つ別の見方で見るべき時だ。私たちが暮らす上で本当に必要としているものは何だろう?そして、永久に捨て去るべきものは何だろう?私たちは日々の生活を何で暮らすのだろう?

私たちはドルとユーロのバーチャルな戦いの内側で生きている。次の100年にベースとなるであろうものが危機にさらされており、私たちの日々の生活は、これらのバーチャルな戦いにコントロールされている。この100 年の聞に、私たちは世界を育んでいる自然のリズムとつながりを破壊してきた。私たちはこの惑星の住人ではなく、訪問者だ。もう一度、訪問者ではなく、住人となる必要がある。おばあさんたちは住人として生きている。彼女らは土や雨、食べ物と人々と、どうやって一緒に暮らすかを知っている。

これからの5年にこの世界を建て直すため、日々私たちはどうすればよいのか?まず、自分たちの使っている言葉を見直す必要がある。サステナブルな関係などあり得るのか?現在、コーヒー1杯は400円ほどだが、実際には輸送、薬、ブランド化、農業、配達、製造で約2千円はかかっている。開発にかかる真の費用を考えるとサステナブルではない。開発は地域レベルにとどまっている時だけ、本当に意味がある。

リアルなのは「人々がいる」ということだけ。ほかのものはすべて偽りの夢だ。偽りの現実は、協定というエネルギーによってのみ維持される。銀行もストックエクスチェンジ(株式交換)も協定だ。ガンジーが大英帝国との協定をしなかったように、立ち去れ。そうすれば、その協定は成立せず、もはや現実ではなくなる。人々の力は現実だ。毎日それを使おう。日々の生活を動かしているシステムの形を変えることができる。使いたくないシステムは、サポートするのをやめればいい。

自分の使っている金融機関に、種のDNA 、山の森林化や川の再生に基づいたカード、少なくとも二酸化炭素のカーボンオフセットに基づいたクレジットカードを作ることに同意させよう。夢を持とう。そして、夢をアクションで現実にするのだ。

テクノロジーシステムもバーチャルな罠だ。現在のテクノロジーは、現在の世界における問題すべての根源だ。なぜなら、それは自然のサイクルの中では機能していないから。携帯電話の電波はハチや烏の帰巣シグナルを邪魔し、抗生物質は私たちのDNAと健康を害している。核テクノロジーは、私たちの命と子どもたちの未来をサポートしているだろうか?日本の有機種についてイスラエル人に話してごらん。水や士を毒するコンクリートで固められた川や町について、自分の地域の行政に話してみてごらん。これらすべては本当のテクノロジーだろうか?それは、私たちのいのちのリズムを引き裂くだけだ。

今、私たちは「いのち」から離れて生きている。携帯のスクリーンを通して「いのち」を観察し、部屋から出ることなく、自分がその一部となっている自然に実際に触れることもない。それは汚なすぎて、難しすぎて、危険すぎて、本当すぎる。

環境収容力と本当の富

地球の人間収容力は、何十億人も超えている。酸素、水を使うこと、食べ物を育てること、交通のレベル、エネルギー生産物など、偽りのない環境収容力に戻る必要がある。それらの範囲で生きる必要がある。本当に1日に3回食事をする必要があるのだろうか?本当にこれらの電子デバイスや電球がいるのだろうか?本当の意味で、払うべき、そして稼ぐべき、トータルなナチュラルライフ・バンキングシステムが必要だ。

唯一かつ本当のテクノロジーは自然から出てくる。葉っぱは、光を糖類に換え、それらは、いのちに還る。お金は、固定的で、いのちがなく、機能せず、確固としたベースとなるほどの価値がない。いのちはダイナミックで固定されることがなく、日々、時間ごとに変化する。借金は腐らないし、毎日何パーセントかずつ増えていくのだ。数学の法則に従っている。本当の富であるいのちは、熱力学に従っている。いのちが本当の富だ。本当に交換できるものだ。ノーライフ、ノーエクスチェンジ、ノーリアリティ。

自然の富はその中で育った子どもたちにとって、とてもすばらしいものだ。自然な方法で、自然と共に生きることに気づく。構造もシステムも、いいも悪いもない。ただ、いのちと共に生きる人生。外側の基準はなく、本当の人間のように、本当の山の森のように、注意を払えば光る内側の基準があるだけ。

無駄な考えもなしに恵みを与える葉っぱのように生きよう。この純粋きと単純さはいつも神々しい。季節のリズムの終わりには落ちて、すでに落ちていた種を覆う。種は母なる植物によって、そこの土、気候、病気、地元の虫たちに合うように完璧になる。

種は、真実を交換する本当の媒介物となる。食べ物を与え、すべての生き物とのバランスを取る。ポケットで持ち歩くにも、ちょうどよい。落としたところ、どこにでも育つ。何百年も、いや何千年も貯蔵しておける。この惑星の、いのちの基本を含んでいる。私たちが無視すべきでない真の現実。Seeds of Life− 国をまたがり、友だちの聞で広がる本当の未来の種。なぜ人間はここにいるのか?無意味なドルをバーチャルなストックエクスチェンジで作り出すために存在するのか?それとも、この宇宙でいのちと真の共同体でいるために存在するのだろうか?

金融がクラッシュした後でさえ、山はいつもここにあるだろう。お金は、やってきては、すばやく去っていく。

変換の媒体−それは種

お金は送金や交換の手段として使われてきた。人間は、お金に実際を超えたリアリティを与えた。その結果、現在のライフスタイルのすべてに問題が生じ、おそらくその時代は終わる。

現在の金融機関が次世代のためにこの星にいのちを取り戻すことを援助するためには、何ができるだろう。それは、私たちにリアリティに基づく新しいシステムを提示することだ。日本中の山が、新しい意味と新しくなった価値づけをしてもらうのを待っている。山々は毎日この惑星を慈しみ、川と海、きれいな水とすべてのいのちに食べものを与える。それはよい金融システムだ。

樹齢150年の槍の森。300年もそこにある土。すべての生き物のため、未来のDNAを創り出すマルチな層状の森のエコシステム。これが国家や家族や金融システムに有機的なバランスをとるだろう。

私たちは、未来を託するため在来種を使うことができる。3〜6か月の短期間で、エネルギーと労力をつぎ込んだ結果が十分にわかる。それは、収穫された食べ物と次の年の種という形でやってくる。DNAの見地からは、本物の種になるには長い期聞が必要だ。私たちにはストックエクスチェンジでなくシードエクスチェンジ(種交換)が必要なのだ。

金融機関は、これらの両方を現行のシステムから創り出すことができる。現行の金銭価値である持ち株を、国内外のシードエクスチェンジへと徐々に移行するのだ。会社、家族、組織は1つの品種を指定し、スポンサーとなって大事に育てる。その価値を上げ、すべての生き物のために本当に価値あるいのちを買うのだ。本物の種から本物の食べ物を育てる新しいシステムが早急に必要だ。日本で新しい農業世代を育成する必要がある。現行のシステムは崩壊し、それを支えるのにはお金がかかり、土地は不毛になって5年以内に使えなくなるだろう。

ゆえに野菜ソムリエのような人材をトレーニングする基金を作るための新しい農業マイクロファンドが必要だ。オーガニックや在来種について新しい理解が必要だ。ホリスティックな土と植物のエコロジーから食べ物を作る新しい方法が必要だ。しかし、新しい農業を始める人たちには最初の数年間、資金が必要であり、実際に農業をしながらの教育も必要だ。そして確固たるオーガニックの新しい基準も必要になる。それをアジアに広めよう。

地域の金融機関は、地域の新しい交換システムをサポートするようになるだろう。それぞれの現場が価値のあるシステムを決め、必要が生じたら他の地域のシステムと交換する。これがコミュニケーションだ。それは地域の営み、地域の強さを生む。

すべてのものはそれぞれの方法で相互に作用し、生き残っている。コントロールは変化と多様性を妨げる。この新しいヴィレッジエクスチェンジは、時代遅れとなった金融システムから得たスキルすべてを使って、地域の金融機関がサポートするのである。貯えるために使われる現在のような金融機関の使い方は必要ない。これによって作られる富めるエリアと貧しいエリアの不均衡がすべての不満足の根底にある。真のオープンマーケットは、地域のエネルギーと労働に動かされるものだ。働けば受け取る。それがオープンマーケットだ。「私(資本家)のルールで働けば、君(労働者)は少し稼げるし、私は銀行にたくさんのお金を持てる」というのはオープンマーケットではない。食べ物がなければ、生きていけない。すべての生き物は適応するか、消えるか。何百万年もそうだったのだ。

金融機関がすべき最初のことは、30歳以下の人が誰でも参加できるオープンセミナーを聞くことだ。このセミナーで、2013年末までに、新しい金融システムのコンセプトを急いで探ろう。そして金融機関は、そのアイデアとコンセプトに基づいて動き、それらをすべての人が使えるようにする。

日本は新しい金融システムを作ることで世界をリードし得る。この惑星、希死願望を持つこの生き方を建て直すシステム。これが金融機関のバイタリティと地域のコミュニティのビジョンを活性化するだろう。私たちは生活を見直して、この惑星と宇宙のサイクルの中で一緒に生きていくのだ。私たち自身と私たちの子どもたちのために。

Seeds of Lifeと私たちのパートナーカンパニーは、これらの新しい試みを喜んでサポートする。資金も生計も失うことなく、現行の金融システムのDNAから新しい金融機関を育てることができるのだ。5年ある。

さあ、電話しよう。メールを送ろう。ミーティングを開こう。動き出すのだ。明日のために、種をまこう。


謝辞:このページは、一般社団法人全国信用金庫協会のご厚意により、業界機関誌「Monthly信用金庫 2013年1月号」掲載の本稿を転載させていただきました。