種をまこう!

確かに裸の体は、あまり日の光に晒すものではないかもしれない。でも、なぜ服を「買う」必要があるのだろう。レンタルではいけないのか? 私はTシャツを1年に1枚、中古のブーツを2年に一足、靴下を毎年、そして下着は綿のブリーフを見つけた時にだけ買う。だから洋服屋から嫌われる。それならいっそ気に入ったお店に年間2万円を払って、Tシャツとスラックスを一着づつレンタルしていれば、店も私も満足する。スタイルや色を変えたい時はレシート持参で店に行き、新しい服と交換してもらう。店はレンタルのほか、リサイクル服も販売すればいい。毎月新しい服がほしい女性には、年間30万円のレンタルプランも用意する。アジアにチェーン展開して、同じシステムでリサイクル服をより低価格でレンタルすることもできる。

土地も同じ。なぜ無駄な税金を払うのか? 土地や家は、実のところは本当に購入しているわけではなく、リースの一種のようなものだ。

よく考えてみよう。私たちが本当に「購入」し「所有」すべきものは何か。逆に、借りたり交換したり、譲り渡すべきものは何か。

私の友人は、誕生日になると自分の大切なものを親友たちにプレゼン卜する。彼らが大事に持っていてくれることが嬉しいのだそうだ。そして彼も、友人たちからいつも素敵なプレゼン卜をもらっている。私たちも彼のようにgive とtake について見直し、譲ることや所有するものについての感じ方を変えるべきなのかもしれない。

“もし誰かを愛するのなら、自由にしてあげなさい”。この素晴らしい歌は蝶の詩だ。もし蝶を捕まえたら、放してあげなさい” ・・・蝶が戻ってきたらあなたの元に置いてもいい。でも戻ってこなければ、もともとあなたのものではなかったということ。

あなたは愛する人を本当に自由に放つことができますか? 銀行にある預金のことを心配せすにいられますか? 私はポケットの中に種だけを入れるようにしている。私にこの自由を教えてくれたのは、北米の先住民だ。彼らもポケットにトウモロコシの種を携え、祈る時、食べる時、新しい畑を作る時、この種を使う。

ファストフード店には、排泄物を有機農業に活用できるよう、リサイクルする施設の運用を義務づけるべきだ。結局のところ、買うほどの価値のあるものは非常に限られている。自分で作るか、祖父母からプレゼン卜してもらうか、なしで済ませるか、ほかの方法を考えればいいのだ。例えば私は時計を持ったことがない。時間の流れは至るところにあるのだから・・・。


謝辞:このページは、一般社団法人全国信用金庫協会のご厚意により、業界機関誌「Monthly信用金庫 2014年6月号」掲載の本稿を転載させていただきました。