種をまこう!

新年とは言うけれど、毎日の新しい朝の訪れこそが、新鮮なスタート。それは私たちが今日一日、いかに上手に生命(いのち)と息を合わせられるかを試すチャンス。

生命(いのち)とは、サイクルとリズム。月々の家賃のサイクル、あるいは太陽、月、星、体のサイクル、南下する渡り鳥や新しい巣に移動するミツバチのリズム。カゲロウは24時間の生命(いのち)の中で、食べ、交尾し、翌年のために卵を産む。

太陽は2万5800年かけて一つのサイクルを完了する

では、私たちの「新年」とは?

私たち人間は、いつも人間の視点や意識だけで地球を見ているが、たまに鳥や植物、山の視点に立って見てみることは、地球にとっても人間にとっても有益なことだ。「山のように考える」のはとてもよいことで、特にお金の問題など、長期的視点が必要なことに関しては役に立つ。

人間の「新年」は、山にとってはほんの「一秒」くらい。山は何十億年もの間、そこにとどまり、生命(いのち)について静かに考えてきたのだから。

真の時間とは、どれか? カゲロウ? 山? 人間? 太陽?

新年の米祭りよりも、証券取引所のお金のサイクルのほうが現実的?

新しいそば畑よりも、1ドルのほうが人生の尺度として、よりふさわしい?

私たちの小さな地球には、実に多くの「真理」がある。真理という言葉は、あまりにも多くの戦争や痛みを生み出し、偽りの帝国をつくり、大勢の子どもたちを泣かせてきた。

私の見るところでは、真理には内なる畏敬の念と、“聴く耳”が必要だ。

さもなければ、新年はちっともおめでたくない…。過去の諍いさかいを繰り返すだけ。夫婦間、国家間、貨幣制度間、どれもみな同じこと。

畏敬の念と聴く耳が双方にあれば、新しく始めることができる。でも、そのためには双方が歩み寄らねばならない。“これが私のシステムだ、受け入れない者には死を…”というのがいつものパターン。新世界秩序も、もう一つの同じシステムに過ぎない。だから、今私たちは必然的に、テロの脅威と警察国家との狭間に生きている。“真理?

それなら私のドル、私の円、私のユーロに投資しなさい。さもなければ破産か、空腹か、さらなる苦しみを味わえばよい”という…。

このところ世界で起きている出来事はあまりにも強烈で、私は今、眼前にある雑多な光景の中にではなく、自分自身の主観の中に真のリアリティを見出している。地球の真理は、私たち一人ひとりの内面から始まる。

太陽暦の新年、おめでとう!

※地球の歳差運動のため、春分点が黄道上を一周する所要時間。


謝辞:このページは、一般社団法人全国信用金庫協会のご厚意により、業界機関誌「Monthly信用金庫 2016年2月号」掲載の本稿を転載させていただきました。